Page 1717 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 通常モードに戻る ┃ INDEX ┃ ≪前へ │ 次へ≫ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ▼課題図書に氷室冴子?ビートたけし? こげぱん 04/11/6(土) 12:01 ┣Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? 星の王子様 04/11/6(土) 15:30 ┃ ┗Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? 関東の者ですが 04/11/6(土) 16:03 ┃ ┗Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? ありゃりゃ 04/11/6(土) 18:13 ┃ ┗Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? こげぱん 04/11/6(土) 23:45 ┃ ┣Re:課題図書に氷室京介?ビートきよし? ゅゅゅ 04/11/7(日) 0:01 ┃ ┣Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? dead poet 04/11/7(日) 0:34 ┃ ┣Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? 通行人 04/11/7(日) 2:51 ┃ ┗持論でしたら スルー? 04/11/7(日) 9:21 ┃ ┗Re:課題図書 6年 04/11/7(日) 10:14 ┃ ┗Re:課題図書 発想が逆では? 04/11/7(日) 13:24 ┃ ┗Re:課題図書 発想が逆では? 04/11/7(日) 13:42 ┣Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? たねいも 04/11/7(日) 14:01 ┃ ┗Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? 保護者 04/11/7(日) 23:03 ┗Re:課題図書に氷室冴子?ビートたけし? そもそも 04/11/8(月) 9:48 ─────────────────────────────────────── ■題名 : 課題図書に氷室冴子?ビートたけし? ■名前 : こげぱん ■日付 : 04/11/6(土) 12:01 -------------------------------------------------------------------------
先日、姉の子供(5年)が塾から貰ってきた国語の課題本の中に 氷室冴子、ビートたけし、重松清などがありました。 氷室冴子といえば私の中学生くらいのころ「何て素敵にジャパネ スク」や「ざちぇんじ!」などが流行っていましたが、マンガを 活字にしたような内容で(そのころはたまらなく面白く思えまし たが)、親に見つかると「もっとちゃんとした本を読みなさい!」 と叱られたものでした。ビートたけしの「少年」の感性もいいなと は思うもののあまりに読みやすく、娯楽本の域を出ているとは考 えられないのです。重松清も受験国語にはお馴染みの顔ぶれのよ うですが、敢えてこの時期に読ませるほどの価値があるとは思え ませんでした。 小学校高学年といえば本格的な大人の読書への移行期であり、こ のような時期にはもっとふさわしい古今東西の名著でしっかりした 道筋をつけてあげたいと考えていましたが、受験を制するにはこ うした作家も避けては通れないものなのでしょうか? それとももっとレベルの高い本を読んでいれば、これらが出題され てもこなしていく事ができるのでしょうか? 斎藤孝氏のいう読書のゴールデンエイジにはやはり鴎外、安吾、シェ イクスピアなどのビッグネームを読ませたいと思っていましたが時代 感覚とはズレているのかな、と考えてしまいました。 皆様のご意見をお伺いしたいです。 |
▼こげぱんさん: >斎藤孝氏のいう読書のゴールデンエイジにはやはり鴎外、安吾、シェ >イクスピアなどのビッグネームを読ませたいと思っていましたが時代 >感覚とはズレているのかな、と考えてしまいました。 >皆様のご意見をお伺いしたいです。 私事で恐縮ですが、小学校高学年の時、担任の先生が星の王子様を題材に話をしてくださった時、「本というものは、同じ本でも読む年齢によって読み取れる内容が違うので、今読んだ感想は今のあなた達の感想なの。童話でも小説でも何でも良いから、大人になってから読み直してごらんなさい。先生が言った意味が分かる時が来ると思います。」とおっしゃったことを鮮明に覚えています。「どうせ子供には分からないと馬鹿にするなよ!」と思ったのか、「よし、本当にそうなのか大人になったら忘れずに試してみよう!」と思ったのかは忘れましたが、とにかく強烈な印象を受けたのでしょう。 そこで本題に戻りますが、小学生でも鴎外、安吾、シェイクスピアなどを読むことは可能だと思いますが、特にシェイクスピアなどは大人でも真の意味を理解するのが難しいものです。入試問題を作成する側にとっても、どのレベルの理解をみる問を作成すれば良いのか難しいと思います。奥の深い作品は、その奥の深さを読み取れたかどうかを試す問いを作成したいだろうと思いますが、中学受験では無理なのではないでしょうか。それよりも、しっかりした小学生なら十分理解できる作品を題材にして入試問題を作成する方が適切であると考えます。 繰り返しになりますが、小学生の頃から様々な作品に接すること自体は良いかもしれません。よく分からない、面白くないと思ったとしても、最初に書いたとおり、大きくなってから読み直した時に感想を比較するのも面白いでしょう。しかし、それを中学の入試に出題したり、家庭で入試対策として背伸びをさせて読ませることには反対です。何事にも、それぞれ本当のよさが分かる時期というものが有るはずであり、小学生には小学生なりに理解したり感動したりできる作品をお勧めします。 |
さすがは神戸女学院の先生?同感です。 特に古い作品、ましてや海外の作品は、その時代背景や世界史などの知識 無くしては理解にはほど遠いものです。小学生がどうすればシェクスピア の時代の英国人しかわからないような風刺を理解できるというんでしょう。 スレ主さんは自分でも理解できないことに気付いてないんじゃないかな? |
▼関東の者ですがさん: 小学生がどうすればシェクスピア >の時代の英国人しかわからないような風刺を理解できるというんでしょう。 小学生には、いきなり本格的なシェイクスピアは無理だと思います。 でも、岩波少年文庫に入っている、ラムの『シェイクスピア物語』なら、 充分、楽しめるでしょう。 『ハリー・ポッター』の頭のいい女の子・ハーマイオニーは、 『冬物語』にちなんでつけたのかな?なんて会話もはずみますし。 私はあまり詳しくありませんが、 欧米の小説はシェイクスピアの影響をたくさん受けていますから、 子どものうちに「入門篇」に触れておくのはいいことだと思うのです。 以前、ロンドンのリージェント・パークで『真夏の夜の夢』を見た時も、 かの地の小学生が集団で来ていました。 我が家の娘も、ラムを読んだあと、新潮カセットブックの『ハムレット』 (江守徹朗読)を家族で聞きましたが、結構、楽しめたようですよ。 (これはもう大熱演の、驚くほどわかりやすいハムレットなので、オトナの方にもぜひ) えーと、何を言いたいのかというと、スレ主さんは、 オトナの本格的な読書に結びつけていける 噛み応えのある作品を課題図書に選んでほしいとおっしゃりたいのだ、 と思ったので。 オトナが少し手を貸せば、入門できるよね、 早すぎることはないんじゃ…と言いたかったのです。 あと、スレ主さんが「氷室冴子?」と思われるのは、 子ども向け童話から、氷室冴子へ、 その後、オトナの読書へ発展しなかったお友達をたくさんご覧になっているからでは…と思うのですが。 (私も氷室冴子、人気絶好調の頃を知っている読者なので) その一方で、氷室冴子の平安朝コメディから「桃尻語訳」、 そして古典大好き少女になった人も多くいるので、 こっちも有益なんじゃないかな…と思います。 子どもは雑食でいいんじゃないか。 かたい物で顎も鍛えるし、やわらかい舌触りも楽しむし、で。 私は、課題図書には、両方取り揃えてほしいな、と思います。 |
皆様のご意見興味深く拝読しました。 例えですが、骨董品の目利きになるためには、贋物を見せずに大量に本 物を与え続けるそうです。するとおのずと贋物が分かるようになると。 同様に読書も本当にいいものだけを与え続けると、そうでないものが自 然に見分けられると言う考え方があります。 もちろん子供が楽しむことも大事だと思いますが、高学年ともなるとそ ろそろ抽象的な文章や、哲学的な考え方を理解させたい年頃でもあります。 そこに、上記の作家達が受験国語の常連だと聞くと何だか気がぬけてしま うのです。失礼だとは思いますがどうしても「イロモノ」にしか見えなく て・・・。 私の知り合いで自ら「読書好き」と言う方がいますが、聞けば山本文緒か せいぜい林真理子どまり。そんな彼女はセカチューを読破したこれまた「読 書好き」の中学生の息子が自慢です。他方、普段の言動からかなりの教養と 洞察力を感じさせる方がいましたが、あるとき彼女の書棚を覗いてみたら和 辻哲郎、三木清、西田幾多郎などがびっしりならんでいました。決してライ トノベルズが悪いわけではないのですが、それしか読まない人はやはり人間と しての厚みに欠けるような気がします。そして大人の読書が出来るようになる かどうかは、ひとえに思春期のトレーニングに負うところが大きいというのが 私の持論です。 |
貴女は御自分が後者ではなく前者と御同類であるのは御存知? |
▼こげぱんさん: >皆様のご意見興味深く拝読しました。 > >例えですが、骨董品の目利きになるためには、贋物を見せずに大量に本 >物を与え続けるそうです。するとおのずと贋物が分かるようになると。 >同様に読書も本当にいいものだけを与え続けると、そうでないものが自 >然に見分けられると言う考え方があります。 骨董品の大家になるためには、それは必要な訓練ですね。 音楽もアートもそうです。 ホンモノに触れさせ続けることが必要。 けれども、骨董品を使って現代を生き延びることができるでしょうか? ホンモノと言われる楽曲の初演のテンポや響きは時に違う曲か?と耳を疑うほどでしょう? アートの多くは持ち主が転々と変わり、現代では特別な場所で保存、管理、観覧されています。 言葉はどうでしょうか? 言葉によって表現される環境、人物像、あらゆる類いの価値観は? 名作と言われるものは、もちろん、普遍の価値を巧みに表現していることも少なくありません。 一方で風俗、習慣が今とはえらく異なるばかりでなく、そこに表現される価値観も現代のそれとはまるで異質なものであり、反面鏡に写し直すような作業なしには現代と通ずるものを見いだせない名作もあるのではないでしょうか? 子供たちが、現代から未来に向かって生きて行く以上、本当にいいものと評価が固まっているものだけをあたえ続けるわけにはいかないように思います。 骨董品や 昔のテンポや 美術館で生活できないように、名作だけでは、あまりにも実生活と乖離していて理解が難しいからです。 試験の題材に中途半端に文芸作品を使うことには、個人的には、大変、不満を持っています。 さらに出題傾向とやらを分析して、大人向けの娯楽作品でも平気で子供相手にリストアップしてしまう受験業者にもうんざりします。 だから、子供にはリストに従って本を与えることはしませんでした。 でも、子供は子供なりに考えて、読みたいと思うものを借り出してきて読んでいましたね。 ファンタジーやミステリー、イロモノあり、たまに明治の文豪モノも。 ハラハラもしますが、ホンモノを、と枠をはめて本嫌いを作ってしまうよりは、はるかに良いかなと思いました。 > >もちろん子供が楽しむことも大事だと思いますが、高学年ともなるとそ >ろそろ抽象的な文章や、哲学的な考え方を理解させたい年頃でもあります。 >そこに、上記の作家達が受験国語の常連だと聞くと何だか気がぬけてしま >うのです。失礼だとは思いますがどうしても「イロモノ」にしか見えなく >て・・・。 > >私の知り合いで自ら「読書好き」と言う方がいますが、聞けば山本文緒か >せいぜい林真理子どまり。そんな彼女はセカチューを読破したこれまた「読 >書好き」の中学生の息子が自慢です。他方、普段の言動からかなりの教養と >洞察力を感じさせる方がいましたが、あるとき彼女の書棚を覗いてみたら和 >辻哲郎、三木清、西田幾多郎などがびっしりならんでいました。決してライ >トノベルズが悪いわけではないのですが、それしか読まない人はやはり人間と >しての厚みに欠けるような気がします。そして大人の読書が出来るようになる >かどうかは、ひとえに思春期のトレーニングに負うところが大きいというのが >私の持論です。 |
> 人間としての厚みに欠けるような気がします。 こういう言動をしてしまう人こそ厚みが…… いったい何が本物で贋作やら。 主観を振り回す人が哲学的な考えを述べるってのもおかしい話だ。 それこそイロモノ? |
▼こげぱんさん: >私の持論です。 それほど強固な持論をお持ちでしたら、こんなところで他人の意見を 求めることもありますまい。 それとも、他の方にも同じ考えを持たせねば!という使命感? |
>▼こげぱんさん: 「課題図書」についてですが、「活字嫌い・余り好きではない子用」に、読みやすいものも課題図書に含めて与えるのではないでしょうか? そのお三方の本は、「読書が嫌いな子にはまず簡単な本」「有名人の本なら興味を持ちそう」「読書がまあまあ嫌いでない子には、このあたり」と、それぞれ考えて割り振られているような気がします。 もっと活字(本)が好きな子は、小学校高学年にもなれば、趣味の範疇でいわゆる「名作」と言われる本も読みふけっているでしょうし、特別好きな作家がいる子ども、特別興味の深い分野がある子どもは、自分の好みに合わせて本を読みあさっているでしょう。 さらに、同じ中学受験する子どもでも、受験したい学校によって読むべき本も違って来るでしょう。 「放っておいても活字に触れていく子ども」への「呼びかけ(課題図書)」とは、今回の課題図書はちょっと違うのかなと思います。 ただ今回の場合、公の教育機関ではなく「塾で出された課題図書」という事ですから、「受験に出そうだから読んでおいたほうがいい」という意味合いだけかもしれませんね。 お子様の志望校の過去問を見てみて、そういった作家の作品はまず出ていないと思うならば、読む必要はないと思います。(逆を返せば、そういった作家の作品が出る学校もあるという事でしょう) 我が家は親子で大変に本好きなので、本を読まなくて困るというお子さんをお持ちの方の気持ちはきっとよくわかっていないと思うのですが。 多分そういう方々にとっては、いきなり「このくらいの年齢なら名作を読むべきでは?」と言っても、なかなか読んでくれないでしょうし、簡単な事ではないと思います。「何でもいいから本を読んで欲しい・・」という切実な気持ちなのではないでしょうか? 長くなりましたが、結論としては、「名作」にとらわれるよりも「活字離れに歯止めを掛けたい」時代なのかと思います。 |
▼6年さん: >お子様の志望校の過去問を見てみて、そういった作家の作品はまず出ていないと思うならば、読む必要はないと思います。(逆を返せば、そういった作家の作品が出る学校もあるという事でしょう) 昔から色んなスレで何度も言われていますし、掲示板以外でも受験生の間では常識化していることだと思いますが、「入試問題は学校の顔」であり、アドミッションポリシーを示しています。ですから、入学後の授業も(入試問題を作成した先生が行うのですから当然ですが)入試問題に見られる傾向を受け継ぐものとなり、定期テストも入試と同じ傾向の問題となります。つまり、お子様の教育に対して明確なポリシーをお持ちの場合は、入試問題の傾向に合わせた勉強をさせるのではなく、自分のポリシーに最も合うと思われる学校を選択すべきです。 今回の問題に限定して当てはめると、過去問を見て出題されそうな作家の作品を読ませ、出題されそうにない作家は読ませないというのは本末転倒です。「こんな作家の作品を入試問題に使うの?」と疑問に感じる学校であれば、入学後も不満が山積になるに違いありません。過去問を見て読む本を選ぶのではなく、学校を選ぶべきなのではないですか?受験校を選択する基準は複数あり、各家庭により項目の比重も違うのは当然ですが、このように読書に対する明確なポリシーをお持ちのスレ主様の場合、偏差値よりも何よりも国語の過去問を最大の選択基準にすべきです。また、ネームバリューに重きを置く傾向も見られますので、伝統有名校であることも重要な基準となるでしょう。 |
▼発想が逆では?さん: >過去問を見て読む本を選ぶのではなく、学校を選ぶべきなのではないですか?受験校を選択する基準は複数あり、各家庭により項目の比重も違うのは当然ですが、このように読書に対する明確なポリシーをお持ちのスレ主様の場合、偏差値よりも何よりも国語の過去問を最大の選択基準にすべきです。 上記の補足です。どの学校の過去問を調べてみても、鴎外、安吾、シェイクスピアなどの作品が見当たらなかった場合(または学校を選択できるほど多数ではなかった場合)ですが、それがスレ主様の最初の疑問への回答なのだと思います。星の王子様以下の皆様のお考えが一般的であることの証拠だと思います。(スレ主様の価値観や持論を否定するのではなく、単なる一般的かどうかの話ですので誤解なく) |
同じような意見がすでに出ていますが、やはり塾の課題図書ということがポイントになると思います。 つまり、これらの課題図書は、大人としての教養、思考、感性を身につけるためではなく、「受験に出る」から選ばれているのです。個人的にはあまり詳しくないのですが、石原千秋氏の「秘伝 中学入試国語読解法」には、中学受験の出題には子供が成長する物語が多いと書かれています。例として挙がっている作家の本はだいたいがこのような物語なのではないでしょうか。 うちの子供も本好きなので、「名作」も読ませたいと思っていろいろ与えたりしています。しかし、課題図書のような本も、「文学」としては低俗でも、子供が考えたり感じたりするきっかけになるという意味ではけっして無駄なものではないと思うのです。「名作」といわれるような本は、保護者自身が選んで与えれば十分なのではないですか。 |
既に補足するまでもないですが、少しだけ。安吾の本はどう考えても子供には不適切だと思います。本当に(半分ポルノまがいの作品群を)小学生の子供に読ませたいのですか?大人からみてもそんな文学性に優れておらず、発表当時の荒んだ世相を反映しています。また既に指摘があった通り、ラムの翻案?によるシェークスピアのダイジェストを読ませたところで、それで心が豊かになるとも思えません。英文で読んだとしても、表記も含めていろいろな意味で古すぎます。好事家はともかく少なくとも標準的な日本人には必要ないでしょう。ましてそれらの古い作品群は入試とは全く関係がありません。 |
▼こげぱんさん: そもそも子供が読む本を、親が選ぶこと自体がおかしい. 名著、名作をすぐ手に取れる環境を整えてやることは大切だとは思いますが、 それを読む、読まないは、本人の自由. 同様に、「娯楽本」を自分の子供が選んだからって、文句を言う権利は親にはなし! 以上. でも、塾が受験に必要というのであれば、そして、その塾を信頼して受験させようと お考えならば、「読ませ」ればいいのではないですか. >先日、姉の子供(5年)が塾から貰ってきた国語の課題本の中に >氷室冴子、ビートたけし、重松清などがありました。 > >氷室冴子といえば私の中学生くらいのころ「何て素敵にジャパネ >スク」や「ざちぇんじ!」などが流行っていましたが、マンガを >活字にしたような内容で(そのころはたまらなく面白く思えまし >たが)、親に見つかると「もっとちゃんとした本を読みなさい!」 >と叱られたものでした。ビートたけしの「少年」の感性もいいなと >は思うもののあまりに読みやすく、娯楽本の域を出ているとは考 >えられないのです。重松清も受験国語にはお馴染みの顔ぶれのよ >うですが、敢えてこの時期に読ませるほどの価値があるとは思え >ませんでした。 > >小学校高学年といえば本格的な大人の読書への移行期であり、こ >のような時期にはもっとふさわしい古今東西の名著でしっかりした >道筋をつけてあげたいと考えていましたが、受験を制するにはこ >うした作家も避けては通れないものなのでしょうか? >それとももっとレベルの高い本を読んでいれば、これらが出題され >てもこなしていく事ができるのでしょうか? >斎藤孝氏のいう読書のゴールデンエイジにはやはり鴎外、安吾、シェ >イクスピアなどのビッグネームを読ませたいと思っていましたが時代 >感覚とはズレているのかな、と考えてしまいました。 >皆様のご意見をお伺いしたいです。 |